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韓国哲学と日本の天下取り

「韓国は一個の哲学である
〈理〉と〈気〉の社会システム」
 (講談社学術文庫)

https://www.amazon.co.jp/dp/4061494309/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_zPZ2zbW13CCJR

 

 

朝鮮半島の核実験で世界中が緊張する中、私は韓国の人たちの思いをもっとリアルに知りたいと思って文化、歴史の本を読み始めたのですが、これがなかなか面白くてすっかりはまっています。そんな中、この本を手に入れました。

 

1冊の本でその国の思想が分かるなんて怪しい、と思うかもしれませんが、私はかなり多くの疑問がすっきりしました。1ページ1トピックという、参考書並みに見やすい作りなのも魅力です。

 

この本では、韓国の思考様式は「理」と「気」によって成り立っている、と説明しています。「理」とは、ものごとの本質、自然に備わっている摂理、法則などを指します。「気」は、人の喜怒哀楽といった情や欲のことです。

 

「理」が「気」を制御・統治するのが韓国の社会秩序です。ところが、権力と利権を持ち始めると欲望(気)が大きくなって、その人の「理」は曇ってしまう。そこへ、新たに曇りのない「理」を主張する人が出現し、古い権力者を倒す、ということが長年繰り返されてきた、と説明されています。

 

そんな韓国にとって、日本は「理」のない国に見えるのだそうです。(韓国ほどに)主張や大義を述べず淡々と物事にあたっている姿が、そう見えるのでしょう。その割に韓国に対して意見を曲げなかったりするので「韓国は理(道理)を主張して正しいことを明らかにしているのに、なぜ日本は理(道理・理由)がない(ように見える)のに従わないのか」と怒りを常に抱いている、というのです。

 

「理」は権力志向であり、理を推し進めると「理による支配」を求めて闘うようになるのだそうです。韓国は常に中国、日本から侵略される中で闘い続けるために「理」の思想が強固になっていった、といいます。

 

日本も帝国主義時代には、朝鮮半島と同じ儒教思想を取り入れ「理」を強化して効果絶大だったことを考えると、「理」の力は日本にとっては劇薬なのかもしれません。

 

「理」と「気」の理論は日本にも十分当てはまるけれど、日本では「理」と「気」が良好なバランスを取るときに政権が長く続き、そのバランスを最も重視して政治を進めてきたように思います。このバランスが崩れた時に帝国主義が生まれ、または乱世となったのではないでしょうか。

 

 ついでに、今の選挙のことも考えてみました。

 

 安倍さんと小池さんは「自分に理(道理)がある」と主張しながら、何に対して闘っているんでしょうか。安倍さんの悲願である自主憲法の制定によって「取り戻す」もの。それは「主権」なのではないでしょうか。一部の政党が、国民から、主権を取り戻すための闘い。

 

主権をめぐる争いは、時代が時代なら内戦ですが、日本は国民が主権者だという根拠を憲法に集約しているので、逆に憲法さえ書き換えれば簡単に「無血革命」を起こせると考えているのだと思います。「ドイツはそれでうまく(独裁を)やったじゃないか」というのが、麻生さんの弁です。

 

「革命」が目に見える形で劇的に起こる韓国。見えにくい形で淡々と進んでいく日本。実は、今回の選挙の争点は政党の選択ではなく「主権の選択」なのではないか、と思うのですが、どうでしょうか。