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吉備国の開国1800年を祝う本

新年あけましておめでとうございます。今年は暖かい年明けでうれしい限りです(笑)。

 

年末にどっさりと本を買い込んでしまったので、正月はずっと読んでいました。テーマは「吉備国の開国1800年」です。

 

1800年前の3世紀ごろ、吉備の地域は弥生時代の終盤に入っていました。

 

弥生時代(紀元前4世紀ー後3世紀中ごろ)から古墳時代(後3世紀中ごろ‐7世紀ごろ)というと、縄文の「移動・狩りの時代」から弥生の「定住・農耕の時代」へ移り集落が形成され、共同体をつくり「豪族」という権力が生まれた時代です。

 

古墳時代には、天皇の系譜の豪族が他の豪族を平定して倭(わ・やまと)政権が中央集権化を進めていきました。

 

中央集権が進む前、吉備国や九州北部は一定の力を持った豪族のクニ(国家になりきっていない地域組織)でした。そのクニが地方にありながら力を持った理由として、「交易」の恩恵が大きいことが考古学研究によって明らかにされているところです。

 

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(タイトルがやばいと思われたのか、アマゾンでは、左のように絵と帯が削除された画像が載っています。怖い)

 

 最初に読んだのは、「海の向こうから見た倭国」です。著者の高田貫太さんは岡山大学大学院出身の考古学研究者です。院生時代に西日本で渡来人系古墳や朝鮮系装飾品の出土を目の当たりにし、弥生時代のクニのありようを遺跡から解明しようと研究を続けています。

 

 おおまかな内容は、ヤマト王朝の統一前は国境という概念はなく、朝鮮半島南部から日本の諸島地域や日本沿岸地域の「海の民」は、お互いに似た言葉を操りながら船で交易を重ねていた、というもの。「海の民」は朝鮮半島から鉄器、装飾品、生活用具などの最新の文化を輸入する「道先案内人」として活躍し、組織として無視できない力を持つようになったそうです。

 

 当時の朝鮮半島は、百済、新羅、伽耶などが激しく争っており、各国は日本側のクニの力を後ろ盾にするため交易を求めたという背景があると、眦弔気鵑論睫世靴泙后その証左となるのが、近年発見されている朝鮮半島での日本式古墳(前方後円墳)の存在です。研究の裏話的でいいなと思うところは、韓国人研究者との情報交換のシーンで「真実を一緒に解明したい」という二者のあふれる熱意が感じられるところです。

 

 朝鮮半島からすれば、伽耶や他の南端のクニの話は、歴史上は泡沫の扱いなのではないでしょうか(日本にとっての吉備国も同じか)。でも、その地域に住んでいる人にとっては、その小さなクニの歴史こそ地域の歴史の礎(いしずえ)であり、地域の底力を示すものなのだと思います。熱い土着の思いが通い合う、感動的なシーンでした。

 

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 岡山に住んでいると、遺跡の中に「築造年代、築造目的は不明」とか「百済からの渡来人のゆかりの地だが、詳細は不明」など、詳細不明とされる遺跡が多くあります。古代史の記録にも、「出生地不明」「経歴不明」な人がたびたび出てきます。その中には、中央集権国家にとって不都合な歴史が改ざん、無視、削除されてきた結果としての「不明」も多くあるのだと、岡山の歴史愛好家から口々に聞いてきました。

 

 交易時代には、人の移動も当然にあり、渡来系の人々が多く政権の周辺にいたことも、分かってきています。古墳時代の次にくる飛鳥、奈良時代は、大量に大陸文化を輸入しながらも、大陸とは違う自国のアイデンティティーを確立して国家の形をより明確にしようと動いていた時代です。その中で、渡来人の存在は「不明」とされていきました。

 

 では、その渡来人の痕跡はどこに残るかというと、なんと、言葉に残っている、というのが、次の本のメッセージでした。

 

 

 藤村由加さんの本「人麻呂の暗号」「額田王の暗号」「古事記の暗号」は、出版当時はトンデモ本ともいわれ、どんな人が酷評しているかは、今もアマゾンのレビューで見ることができます。

 

 藤村さんのグループは多言語を同時に習得する活動から派生して、日本語の周辺言語も含めて参照・比較する方法で日本語を研究しています。さきほど、「かつて朝鮮半島と海の民は似た言葉を話していた」と書きました。では、書き言葉はどうだったのか。

 

 書き言葉に至っては、日本は漢字を中国・朝鮮から輸入するまでは自国の文字を持っていませんでした。文字とは、当時の生活や感情やメッセージを形にしたものです。当時の感情や概念の漢字表記方法にルールがあったとしたら、そのルールは日本にも使われているはずです(何しろ丸ごと輸入しているのだから)。

 

 こういう仮説をたてて、すべて漢字で書かれた古代の日本文を解析。古代朝鮮語と古代中国語と同義、同音の漢字や技巧ルールを当てはめると、今まで牧歌的に訳されていた古事記や万葉集などの和歌の中に深い悲しみや怒りのメッセージが浮かびあがり、今まで「意味不明」と言われていた枕詞も明確な規則があった、というのです。漢字の語源まで理解して使いこなすことで、詩に二重、三重もの意味を含ませることができた古代知識人の英知の深さにふれた、その感動を本にしています。

 

 「古事記の暗号」では、自然科学のあけぼのについて解明しています。科学技術が発見される前の古代で、中国はどのように自然の規則性を発見し、記そうとしてきたかの説明と、その中国で発案された自然の規則性の思想が古事記に取り入れられている、というのが内容で、知的好奇心が刺激されます。

 

 日本の歴史は中国、朝鮮半島の文化と合わせてみるとぐっと厚みと深みが増すな、と思います。みなさんも、そう思ってもらえるといいけれど。