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つれづれ書評「彼女は頭が悪いから」

 

 SNS上であまりにもみんなが「衝撃すぎて苦しい」「救いがなくてしんどい」というので、気になって読んでしまい、やっぱりしんどかったので、書いて楽になろうと思って書きました(笑)。

 

 小説の元になっているのは、2016年に起こった東大生5人による大学生(女性)への強制わいせつ事件です。本当の事件と裁判の推移については、このページで見ることができます。https://abhp.net/news/NEWS_997100.html

 

 5人中3人が起訴され、3人とも有罪判決を受けました。事件は、「東京都の容疑者の 1人の自宅マンション室内で、約 1時間にわたり、女子大学生の服を無理やり脱がせて全裸にし、胸など体を触ったり、キスするなどした」というものでした。

 

 小説はフィクションですが、設定と話の流れは実際の事件とほぼ同じです。加害者と被害者の中学時代からの生い立ちを丹念に書き加え、加害者がどのようにして「彼女」への共感を欠く状況になっていったか、被害者がなぜ「彼」から逃げられなかったのか、という背景が分かるようになっています。

 

 読んだ後に私自身がショックだったのは、性加害について「どの程度の物理的加害だったか」でものごとを量るくせが自分にもついていた、と気づかされたことでした。手を触れなくても、強姦しなくても、人を精神的に殺すことができる、という事実への鈍感さ。相手が精神的に死ぬことへの鈍感さ。

 

 物理的な殺し合いができるようになる前には、精神的な殺し合いがすでに始まっているのでしょう。見えないところで殺されている人たち、そして殺している人たち。その自覚もないままに。

 

 裁判は有罪でしたが、小説の中では被告もその親も「ただの悪ふざけでなぜ有罪なのか」と思い、ネット上も「女が軽率すぎた」と非難する描写が出てきます。実はここが一番怖い、と思いました。

 

 自分たちの感覚が正しくて法律がおかしい、という声が大きくなるとき、法律の力は弱くなります。法律は法律の価値観を信じる人たちによって力を与えられるからです。

 

 姫野カオルコさんの小説は初めて読みました。最初の4分の3は少し姫野さんの「思い入れ」の強い描写説明がしんどかったのですが、最後の4分の1で、しっかりまとまっていました。「魂の殺人」は、その重さをきちんと感じて公正に裁かれるべきである。そんな法の価値観を姫野さんは支えたかったのでないか、と思います。そして鈍感になった私たちに、魂の重さを手に取って感じられるようにしてくれたのだと思います。

 

 本の表紙の絵「木こりの娘」は、ジョン・エヴァレット・ミレイの作品です。女性や身分の低い人たちが長年かけて勝ち取った人権とは何だったのか、いろいろ考えさせられる意味深な絵です。

https://www.musey.net/15450